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2020年07月

2020.07.21

哲学としての幽玄

 載営魄抱一 営える魄を載んじ一を抱いて    霊より汚れし魄を除き一なる道を抱きて

 能無離乎  能く離れしむる無からんか     そこから離れるな

 専気致柔  気を専らにし柔を致して      呼吸を整え

 能嬰児乎  能く嬰児のごとくか        赤子が如くに浄まり

 滌除玄覧  玄覧を滌除して          幻想を除き

 能無疵乎  能く疵無からしめんか       曇り無きようにせよ

 茲に出てくる玄覧の玄とは本来の深い意味と異なり、この場合に限っては幻と同義に用いられている。この場合の玄は、日本人の幽玄の玄とかなり近いものとなる。だが老子は、それを取り除けと言っているのである。即ち、お前の真の霊(一)こそが本物であって、その一にこそ心を向けて離れてはならんと言っているわけである。わが国に於ける幽玄観には、この種の厳しさは一切見受けられない。

2020.07.20

幽玄は叡智の表象

 日本人の幽玄観には、真理探究が欠落しているのである。何を以て天地の法となし、何を以て魂の救いとするのかという最大の命題を日本人は見出さぬままに、万葉の時以来現在に至るまで生を営み続けてきたのである。そもそも幽玄は、大地に汗を流してきた者の叡智に対して表象したものであり、それは何千年にも亘って顕われてきた。

2020.07.19

幽玄は魂の叫び

 世界で語り継がれる日本映画の『雨月物語』や『耳なし芳一』などの映像に残された幽玄観は、常に儚く、黄泉との繋がりのみに依存してそこから抜け出すことがなかった。その映像も描写も欧米に於いてはエキゾチックと映り、大いに高い評価を受けてきた。それだけに、幽玄は、ただ死霊との関わりを美しく描くことだと勘違いさせられた人は多い。だが違うのである。幽玄はその様な浅い境地ではないのだ。この結果を導き出したのは、その全てが能にあると思われる。それは正にエキゾティズムそのもので、その観念の定着は、千年の時を経て常識となり、日本人の精神へとなり得たということだろう。

2020.07.18

「幽玄」というまどろみ

 一方、中国楚の詩人・屈原が洞庭湖に身を投げたそれは「公の死」を呼び起こし遂に端午の節句に祭られるに到った。彼の詩「離騒」に代表される憂国の思いには真摯な誠が有った。その姿には幽玄が垣間見えてくるのである。それは屈原には太宰が如き醜い欲望が存せず、清らかであったからだ。

 幽玄の死は侘びの死と共通するものである。だが侘びと決定的に違うことは、幽玄には一層の美が要求されることである。視覚的で明らかな美がそこには存在する。それに比して侘びにはその素直な美の麗しさは皆無である。一方、「侘び」に有される徹底した孤絶観や透徹した空観は幽玄には無いのである。

2020.07.17

幽玄は黄泉の国への誘い

 黄泉というと如何にもおどろおどろしい世界と感じてしまうのだが、幽玄に惹かれる心の奥には、出来るものならば塵世を離れて、天女が住む世界へと、仏国土へと転生したいという想いがあるのである。かぐや姫が竹の中に転生し、最後にはお迎えが来て天(月)に還る様に、人もまた神仏の許へ帰らんとする意識こそが幽玄観なのである。インテリを自認する人々が、然びの感性で幽玄を求めようとしても、そこに見出すのはせいぜい能レベルのものであって、それ以上になることはない。彼らには、地面に這いつくばった原体験が不足しているからである。何より土の匂いそのものが体に浸み込んでいる者でなくては、天へと昇るほどの幽玄には巡り会うことはないのだ。

 幽玄は美ではあるが、単なる美ではない。そこには、「侘び」同様に「生命」を賭した覚悟が求められているのである。その体験を幼い時より経て来た者でない限り、この「幽玄」も「侘び」も現前せし美として昇華するだけのものには成り得ないのである。

2020.07.16

幽玄と心の大きさ

 筆者の幽玄観にはもう一つ重要な映像がある。それは正に陽中の陽たる幽玄観である。それは堂々の昼間、数キロメートルの幅を持つ海や草原や砂漠など平坦な地を隔てた所の向こうに、幾重にも重なった小高い山々が深い連なりを見せ、尚且つ、その連なりが前列から最後列に至る濃い緑から青へ、そしてだんだんと色が変じコバルトブルーから紫を生じてさらに白へと変じ空と一体化していく景色である。正統的幽玄とはまさにこの景色に他ならない。

 この光景は写真にもよく撮られているし、多くの人が目撃しているものと思う。しかし、同じものを見ても、それが魂にまで響く者と、心にだけ響く者と、単に綺麗と思うだけの者と、何の感情も生まれない者との精神の差は甚だしい。この一点の差によって芸術も真理も万民のものとなり得ることは很だ難しいのである。常日頃からその己の魂を磨いてこなかった者、即ち一刻一刻を生き死にの覚悟をもって生きてこなかった者たちには、到底理解仕難い精神の美たる哲学が有されることはないのである。哀れなことは、そういう者に限って出世し、世のリーダーとなって誤った舵取りをしてしまうことである。

2020.07.15

天理の成さるるを諦観する

 人々は、(幽玄など)その様な美を求めることで平安が得られているということである。人類学者はすぐに太古原始時代の話を持ち出し、獣に襲われるかも知れない闇の中で、大地を照らす月は安心の象徴であったと言うのだが、まあそれも遺伝的に一理有るとしても、それ以上の心理が有されていると見るべきである。それこそが正に「美」であるのだ。美への欲求が美しき幻想への感動を与えていると素直に認めるべきである。

 それは、魂の回帰と言うべきなのかもしれない。何故なら、幻想も幽玄も、そこには常にこの世を離れたあの世が意識された美意識であるからである。幽玄を語る時に、〝あの世〟なる異次元感を無視することは絶対に許されない。

2020.07.14

人々に平安を与えてきた幽玄の世界

 それ(幽玄)を受け止める側のこちらにもいくつかの条件がある。何より素直な人間性を有していることだ。美的センスも要求される。寒さや暑さに心を引かれている情況下では、いくらこの様な光景が生じても、幽玄観は生じ難い。花火大会なら感激するだろうが、繊細な感性が要求される幻想の世界、陽性の幽玄には、体温がある程度健全な形で保たれている必要がある。但し、陰性については必ずしもその限りではない。猛暑や寒冷の中で体が悲鳴を上げている時にも、それは出現することが可能である。それでもその瞬間には、寒暑が一瞬消え去る感覚を覚えるだろう。

2020.07.13

透き通る陽性の幽玄

 ここまでの劇的な感動ではないが、静かに深くそして長く筆者の心を支配した光景というのがもう一つある。それは、少年から青年期における日常の中の幽玄の表出であった。日常の通学路を月夜に通るとき、ある一角に来ると目の前の湾に、その月が映りその光が水面に乱反射する様がこの世のものとは思えない美しさで、穏やかな漣に揺れるその光は幻想そのもので、その澄んだ空気感はわが心を捉えて離さなかった。それはとても平和である。過去劫来の時と未来永劫の時とが共に一つとなって顕われたが如きである。もう余りの美しさに心が溶けて無くなってしまいそうで、その絵が如き情景はその後も現在に至るまで、筆者の幽玄観の輪郭を成すものである。

 日常的な光景であったにも拘わらず、それを目にする為には、月の出現時間と帰宅が遅れることが必須条件だった為に、思いのほか鑑賞の日々は少ないのではある。もう一つの問題は、それを見る為に佇む場所がなかった為に、そこに立って見ていることが「変な人」になってしまうという日本人の狭量性故に、それ程感動していながらも、見続ける時間はせいぜい数分であったという悲劇があった。今やその様な景色を見る機会も場所も全くない現在、もっと沢山、何より写真に収めておくべきだったと後悔しても遅いのではある。

2020.07.12

陰中に出現する陽性の幽玄

 筆者は、既述している様に、生家に於いて毎日の生活の中で陰陽それぞれの幽玄を目撃し、自分の心の中に刻印されてきた事である。だが、その現場に立ち会えば誰しもに幽玄が表出するかといったら微妙である。陽の強い幽玄には大半の人が心惹かれる共通項が有るが、陽性を帯びた陰性の幽玄には、必ずしも万民が美を見出すかどうかは難しい。その意味に於いて、わが生家の厨房の窓からの陽射しは、見解の別れる所となるだろう。鈍感な人には只の洩れた陽射しでしかないからだ。