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2020.08.02

哲学としての「侘び然び幽玄」

 昨日、以下のように書いた。

 禅を始めとして釈迦らの説は言辞を捨て去り自我を捨て去り普遍の実体も思惟も一切を否定して、微塵の言語即ち価値観を侵入させることなく、自己の本能の意識も閉め出し、只、一点に向かう意識のみに物の本質を見出そうとするのである。その一点に向かう意思のみがダーザイン(独Dasein「存在」)であるのだ。だが、「存在」は西洋的思惟の中には一切見出せないのである、と。

  そこにはデカルトやカントが中心に据え置く「われ思う」や「純粋統覚(とうかく)」といった我の存在は否定される。「侘びや幽玄」は、一つの情性の上に成立するのであるが、それは遙かに一般的情性を超越し概念としての理性を包み込んで、静かな情感へと歩み寄らせ、その情感すらも置き去りにしてしまう感性という透明な意識がそこには介在しているのである。  それは「われ思う」を超え「統覚」を超えて存在する。人間の生まれ落ちたるその定めの引力に抗することなく受容するその精神の高みを「侘び」と呼ぶのである。この「侘び」ではない生半可な茶の湯の「侘び」が世界を駆け巡っているとしたら哀れである。それはいずれ柔道がヘーシングに斃された様に客死するに到るであろう。

2020.08.01

カントの『純粋理性批判』と侘び然び

 貧しい馬具職人の息子に生まれたカント(一七二四~一八〇四)は従来の常識であった客観的存在とそれに伴う認識を否定し、認識にはア・プリオリ(先天的)な「形式」が存在するとし、この「形式」が対象を構成させ、そこに認識も生じるのだと主張した。それは恰も量子論のボーアの確率論やユングの元型を彷彿とさせるが、現代にあっては然(さ)したる面白味もないほどの陳腐性を有するものだ。心理学や脳生理学の世界ではそんなことは常識であるからである。ならば、客観は存在しないのかと言えば明らかに在るのだ。しかし、それを認識する側の意識の作(はたら)きに於いて、それは二次的となり、第一次的認識が対象を自我の内に構成するのである。しかし、だからといってそれが正しいということにはならず、寧ろそれ故に間違いであるとされるのである。仏教的観点に立つならば、これこそが愚見の極みということになる。その意味ではカントもその昔、『純粋理性批判』の中でその点を指摘しているのである。そこまでは極めて常識的で何も問題はない。

 そしてカントは良心からの「無条件命令」に人は従うべきと説いた。そしてそこにこそ自由があると主張した。これも悪くない思惟である。しかし、何とも哲学的でないことに、違和感を覚える。西洋人の好きな良心などというのは実に陳腐で凡そ哲学の産物と言うにはお粗末である。そして彼は形而上学的命題を理論理性の枠から除外し、その上で形而上学の再構と復権を考えていたのだが、完成を見ることはなかった。それは、彼が説く道徳法則がキリスト教規範から抜け出すことがないままの良心への帰属であり隷属であったからである。

2020.07.31

ロゴスとパトスを包含する「侘び」

 デカルトは、キリスト教教義に反すれば死刑もあり得るというヨーロッパ世界観の中で精神と物体の二元論を説き、それが自然科学の発展に大きく影響したことはよく知られている。では、そのデカルトにとって「侘び」は思惟する我としてどう捉え得るものなのであろうか。彼がやったことは飽くまで事象の分析であって超越ではなかった。論理は常に言辞の枠から超えることは許されず、その結果として分析不能の事柄を切り捨てる。その意味では魂の叫びとしてのパトスも否定されることになり、真偽の領域から除外されることになった。だからこそ大量殺戮や公害などの禍を孕ませながらも、科学が発達する原動力となり得たのである。

 だが、科学は、デカルトがいなくても発達進化したであろうことは容易に想像がつく。デカルトをそこまでの存在と規定すべきではない。科学者たちにも失礼である。所詮は限定されたヨーロッパという価値範疇から抜け出すことなく、しかも言辞の枠の中で、更に限定された意思を用いる方法で、果たして普遍的真理を見出せるのかという疑問が呈されるのである。デカルト的思考では、感情は一切の劣性と見なされ、感覚もロゴスに劣るものと見なされる。

 だが、「侘び」は、そのロゴスとパトスとを包含したものだ。論理は飽くまで言辞をもって成し得、感情もその分析と共に言語化出来るものである。その上で現実に処した人生の選択としての侘びは、一つの哲学的思惟として人類進化の一つの形態として充分に認識仕得るものである。

2020.07.30

デカルト「物心二元論」の真の評価

 「近世哲学の祖」として崇められているデカルト(一五九六~一六五〇)であるが、この物心二元論の祖の思想は、果たして「侘び」観を超えたものであったのだろうか。彼の意識から外されていったものにそれまでの神があった。ヨーロッパ人の思想を支配し教条的に縛りつけていたこの神から巧みに人間を解放したのである。それには人間讃歌を果たしたルネッサンスの後ろ盾があったことは否めない。こうやって彼は、分離された肉体について解体を始めたのであった。そして幾度もの思惟の最後に彼は「我あり」と叫んだのである。

 「コギト・エルゴ・スム」(cogito ergo sum われ思う、故にわれ在り)という彼の有名な言葉があるが、果たしてそれは、ニュートンの万有引力の発見に匹敵仕得るものであったのかということである。どうも哲学界はそう言いたげであるが、そんな事はギリシャ哲学の時代からもインド哲学の時代からも中国哲学の時代からも有った。それを無かったという者は余りに無知なのではないかと言うほかない。

 単に彼は、自分の思考の論理を人前に展開し、「われ思う」という台詞に収斂したに過ぎない。カトリック絶対の中で従来誰も言い得なかった、言うならば神への反逆をやった、そのことに対する高い評価と理解すべきなのではないだろうか。そうでなければ、こんなマヌケなことがこれほどに語り継がれるわけがないのである。

2020.07.29

「侘び然び幽玄」の背後に君臨する空理論

「侘び然び幽玄」という美意識は生に対する哲学でもあり、その背後に君臨する空の論理は西洋哲学を凌いで余りあるものである。その上にこの「侘び然び幽玄」が空の思想的展開として日本人を通して人類に人の存在を解明させてきたことを、自信を持って語るべきであるのだ。

「侘び」の中に自我や自己を止揚し、ニーチェではないが、絶対的原理の下に、自己超越を果たさんとする言葉を越えた強い意識にこそ、この存在の絶対性を見出せるということに我々は気付かなくてはならない。その超越する意識の前には、西洋哲学も上位とはなり得ない事を理解する必要がある。しかし、禅が説くが如き言辞の否定をするものではない。現実の苦難を昇華し、猶(なお)止揚仕得る論理性は常に「侘び」の中に胚胎されていることを茲に述べるのである。