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2020.06.16

幼少時の体験が創る「侘びの精神構造」

 更に筆者の幼少から小学生の間の日常の一コマを切り取って紹介したい。

 当時の田舎での出産は正に文字通りの生家であり産婆によって取り上げられたものだ。たったそれだけのことが、その母親のメンタリティに大きく影響し刷り込みが生じることを余りに学者たちは無視しすぎている。「生」は産む側にも産まれる側にも無意識の刻印をその時に為すのである。鳥の雛が初めて目にする動くものを親だと思い込むように、人の子も初めて体に触れる布やその匂いや感触や耳に聴こえる数々の音や手触り、そして目にした光景が、その子の一生の性格を決定すると言っても過言ではないのである。その刻印は驚きと同時に無常観でもあるのだ。

 生まれて四歳まで住んだその家は、藁葺き屋根で土壁に板を張ったものだった。玄関扉は重い引き戸で敷居が高く隙から中が覗けた。内側は実に立派な土間であった。雨の日には祖父はそこに茣蓙を敷いて座り、背負うカゴや草履を藁で編んだ。春にはその上の天井にツバメが巣を作り子育てをしていた。家族の一員だった。彼らが自由に出入り出来るように玄関扉はいつも少し開けられていた。それをもう一つの家族の猫がいつも狙っていた。暖房と言えば囲炉裏と火鉢のみである。仕切りのない土間から居間は冬にはとても寒かったものだ。風が強い日には停電しランプが必要だった。厠は外にあった。雨の日や冬や夜中は大変だった。嵐の日は最悪だった。

 その前には柿の木があり、子猫がその上に登った後、下りることが出来なくて鳴き出し助けたことがあった。柿の木は秋冬にはすべて葉は落ちて、寒き枯れ侘びた風情となる。また枝は折れやすく注意して登ったものだった。田舎の子なら誰もが知っていることである。万が一には命を落とすことだからである。それらの生活と風景のすべてが人夫々の知性と相俟って「侘びの精神構造」を成していくのである。

(『侘び然び幽玄のこころ』第一章 侘び 「侘び」「幽玄」は太古からの営み)