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2020.05.24

烈々とした存在感に「然び(さび)」漂う古代遺跡

 その点、ヨーロッパや中東の古代遺蹟には目を見張るものがある。その存在感は烈々として見る者に迫るものがある。イギリスの影響もあって、戦時下のイスラエルでさえ建築物に使用する石の種類が統一されていたのには驚いたものだった。ヨーロッパ文明下にある国は、その景観について本当に考慮しているものである。それに比較してわが国のこの貧しい風景は落胆するばかりである。この状況に果たしてあなたは、それでも日本こそが「侘び然び」の中心国であると言い得るであろうか。

 フランスに行ってみるといいが、高いビルがないことに驚かされる。石の外観は法律によって保存が義務付けられ、色も素材も広告等の内容も全てが厳しく取り締まられている。それは、街並から「然び」を失わない為であるのだ。カテドラルの重厚さは、入った途端に圧倒される思いである。古い物は一千年を超えて存在する。内側を照らす明かりもほど良く計算され、信者の席までもが一つの演出の中に設計されている。確かに装飾は華美ではあるのだが、それ以外の床や壁などの造りは、正に然びているのである。修道僧がいる様な所では、その奥には地下などに住まいが造られていたりして、そこには「侘び」すら配されている。時にそこには裏の歴史が刻まれていることもある。ヨーロッパの深々とした時間の集積をそこに見る思いがするものだ。その様な場所には、常に幽玄が存在する。

 観光コースとは違った裏街を一人歩けば、幾百年幾千年にも亘って踏みしめられてきた石畳や階段があり、そこにひっそりと人々の営みが目撃されるのである。確かに彼らは、我々日本人から見た時には自己主張が強い人たちであるが、しかしだからと言って、そうでない日本人が正しいということにはなり得ない。更には、静かだから「侘び然び」が理解出来るなどという短絡がもし日本人の中にあるとしたら、それは余りに浅薄である。その様な理屈は成り立たない。

  筆者が知り得る限り、いつも煩いタイプには「侘び然び」は分からない。しかしそれと同じく、いつも自己主張することが出来ず存在感のない人に「侘び然び」の美が分かった試しはない。そう単純な構造ではないのである。「侘び然び」は寧ろ、出しゃばらなくとも、積極的に体を動かす人たちの方が、感知しやすい様に思える。但し、日常的に煩いタイプは凡そ当てはまらない。ヨーロッパにいると直ぐに理解出来るが、一流の人物たちというのは実に静かである。その質は日本人と少々異なるが、上品な静けさを漂わせる精神性については日本人の上流階級者より明らかに上である。それは教育の賜物でしかない。日本も道徳や礼やマナーの義務教育を施す必要がある。尤もヨーロッパでは親が子にきちんと伝えている。戦前の日本人の様に。

(『侘び然び幽玄のこころ』)第四章 ヨーロッパに於ける「侘び然び幽玄」 ヨーロッパの然び)