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2020.09.03

『タオと宇宙原理』〈10〉第一章  ◆「信仰」の否定と「分別」という誤り

 しかし、ここで問題になるのが、彼らは単に信仰の対象を形而上から形而下に変更しただけにすぎなかったということであった。彼らがやるべきことは、あらゆる信仰を捨てることだったにも拘わらず、彼らは新たな神の科学原理信仰へと移っただけであった。これは本質的にまったく何も変わっていないことなのである。彼らは前の分別から新たな分別という、愚かから別の愚かへ転じたにすぎなかったのである。

 正しくその愚かな信仰を捨てるためには、自分という存在そのものの絶対性への疑いから始めなくてはならないのだ。果たしてあなたは真に存在しているのか。存在とは何を意味するのか。あなたと他者は別物なのか、それとも同一の存在なのか―。これまで当たり前と思い込んできた観念を捨て去り謙虚に自他の同一について思考する必要があるのだ。一切のものがビッグバン以降の宇宙定数に支配され量子的存在でしかない事実から、唯物論的還元主義の見解とは真逆の解が導かれることに気付かねばならない。それは、人智を越えた、神をも超えた「不可解な意志」の存在を意味するということである。それは素粒子が人間の意志に反応するという物理原理が突き付けてくるテーゼ(命題)でもあるのだ。

(『タオと宇宙原理』第一章 意識と科学 古代の叡智と量子仮説 「信仰」の否定と「分別」という誤り)