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2020.07.28

自然哲学に立脚すべし

 思考判断において人が常に謬りを犯しているのは、利害又は好悪のどちらかに立って論評することである。物事の正しいか否かは、それによっていかに人類が進化し文明が発達し文化が豊かになり人が幸せを実感するか否かによるのである。そこには一切のイデオロギーの入り込む余地はない。にもかかわらず、言論界を支配する左翼陣営は誰が喋っても、運動会で手をつないで一緒にゴールする的なイデオロギーを口にするだけで、不自然性からまったく抜け出せない。それは宗教のドグマから抜けだせない人びととまったく同類なのであって、そこからは他のイデオロギーとの対立しか生まれず、酷い場合は、固有の文化の破壊といった行動を伴ってくる。こうなると、もはやファッショ的要素を含み、ますます容認されることはなくなるのだ。それにしても右系は弱者に目が行かず、左系は伝統や国家観に目が行かないというこの偏狭さはいったいどうして存在するのか、私にはまったくもって理解できない。単に自分が位置しているところからのより大きい利益に反するという意識によるとしか思われない。

2020.07.27

〈考え〉を超越する

 一方の東洋哲学の特徴は〈考え〉を捨て去るところにある。それ故、何かを説明するときには言外の言に重きを置いてきた。すなわち〈直観〉こそが重要視されてきたのである。この東西の価値観の差は著しく、西洋人にとっての東洋哲学の理解は困難を極めている。そういう中にあってキルケゴールの影響を受けて実存哲学を根本に据えたヤスパースは、当時フランスで禅の指導をしていた弟子丸泰仙禅師と親交を深め、言語を超えた世界を直接的に体験している。そのような中から彼は人との「交わり」を「愛しながらの闘い」と表現して重視した。彼などは、多少なり東洋哲学が理解できた人物だと思われるが、弟子丸禅師の評価は決して高くはない。何であれ、西洋人にとって沈黙は苦痛以外の何ものでもない。もっとも中国人の方がもっとそうかも知れないが。果たして現代の中国人に昔の中国哲学が理解されるのか、はなはだ疑問である。それはさて置くとして、かくの如く、言語によらずして西洋哲学の存在はあり得ないのである。

 この点において、インド仏教に代表される東洋哲学も充分に言語を用いたものである。しかし、その言語の先に必ず瞑想(ヨーガ)という必然が存在し、言語に陥ることを厳しく戒めるのである。西洋哲学者たちは、言語の限界を認め、ウィトゲンシュタインは『論理哲学論考』で「私の言語の限界が私の世界の限界を意味する」と記した。だが、仏教哲学も老子もそのような次元の低いことを認めない。言語は人間が生きる上での便宜的道具にすぎず、言語が世界を規定することなど有り得ない。動物は人間的言語を持たないが、彼らは言語以前の知覚によって世界を広げているのである。聾唖の人たちのことを理解することでも分かるが、彼らは手話なりの言語を学習するまでは言語の世界に生きているわけではない。ならば、彼らにわれわれと同じような世界がなかったのかと言えば、決してそうではないのである。

2020.07.26

言語を嫌う東洋と言語にこだわる西洋

 興味深いことは、東洋哲学は徹底して言語を嫌うのである。西洋の言語学とは根本的に異なる点である。西洋人がことばにこだわるのは聖書(新約=キリスト教典と旧約=ユダヤ教典)を暗記させられたせいかも知れない。またユダヤやギリシャの数字や文字にはそれぞれに特殊な意味が隠されており、そういったことも文言の分析といった学問へと発展したのかも知れない。聖書のはじまりが〈神の発することば〉だったことにも大きく起因しているのかも知れないが、何であれ、聖書からまったく離れてユダヤ人や紀元後のヨーロッパ人の哲学が発展したとは考えにくい。

 この文言に呪縛されているユダヤ人哲学者は、ここから脱することは不可能だろう。日本人のようにいとも容易く「無思考に」自分の信仰や神を捨て去ることなど彼らにはできない〝神業〟であるからである。それにしても、ノーベル賞受賞者の多くがユダヤ人であることからも分かる通り、彼らは極めて優秀である。その根本の要因の一つに聖書があり、彼らをして学問へと向かわしめるのだと思う。

2020.07.25

哲学の根本的命題

 それは、①なぜ自分なのか―。②なぜ存在するのか―。この二つである。

 意識が有るとか無いとかは戯論にすぎず、デカルトが言うように「われ思う」からスタートしないことには何も解決しないのである。

2020.07.24

死さえも融解する感性

 昨日、幽玄とは如何なる心情かについて、次のように書いた。

 映画「最後の忠臣蔵」(杉田成道監督)の最後のシーンで、役所広司演ずる瀬尾孫左衛門(通称、孫左)が大石内蔵助と妾(可留)の子可音(十六歳)を嫁がせ、遂にその命を果たしたとき、主君の位牌を収める仏壇の前で自刃するその時の心情こそが、幽玄の正にそのただ中にあったと言ってよい姿であった。

 今日はその続きを述べたい。